みなさまごきげんよう!Salut ! どぅどぅです。
㊗町田康先生の『俺の文章修行』刊行されましたー!!㊗
『男の愛 俺たちの家』の新刊も出てウハウハしていたところに『俺の文章修行』まで出てくるなんて!!
1月、ウハウハが止まりませんねえぇ!!
では『俺の文章修行』のすばらしさ、みなさんとシェアハピ☆していきたいと思います!
脳みそがパッカーンと開く
パカっと本を開いて、町田先生の新しい言葉!大好きな随筆!嬉しい嬉しい!
…とルンルンで読み始めたのもつかの間、町田先生のいつもの随筆より、文章の密度がずいぶん重たいのです。軽く見える口調でも一字一句に全く隙がない。ものっすごい熱量で書かれたであろう文章が続いています。
フムフムと真剣に読んでゆくと、普段の仕事や雑事で凝り固まった筆者の脳みその歯車が、町田先生の本気の文章でもってギリギリ回されて、ほぐれる感じがしてきました。
「文章の書き方」を講義するために書かれている文章自体に、力がみなぎっている。町田先生がいかに「文章を書く」ことに全力を注いでいるのか、誇りを持っているのかを全力で感じることができました。
肝要なのはこの素晴らしい文章が、読者に向けて書かれていることです。、町田先生の本気の文章をぶつけられて、筆者はなんだか全力で人生を鼓舞されているような気分になりました。こんな最高な読書体験はあるものか、いやないでしょう。
町田先生の講義やライブもそうですが、町田先生は私たちに対して常に、とてもとても真摯に向き合ってくださるなぁと思います。先生が持っているものを、我々にたくさん、しかも伝わりやすい形にして与えてくれるその姿。まさに地蔵尊です。
「変換プロセッサ」
さて、『俺の文章修行』、前半の肝要な部分をご紹介してみたいと思います。
町田先生が今回、話の中心に置かれた言葉が、「変換プロセッサ」。
これは物事を文章に変換するのに必要な頭の仕組みのこと。これが強ければ、よい文章を書ける…と町田先生は語りますが、この変換プロセッサ、なまなかな努力では手に入らない様子です。
変換プロセッサを手に入れる最速の方法、それは、「1冊の本を100度読む」ということです。100度も読めばだんだんと、作者の頭の中の中で展開した思考が、文章に変換されていく過程を解析」でき、変換プロセッサが機能しはじめるようになるとか。
変換プロセッサを持ち、少しでも動かすことができれば、文章を書くこともそうですが、読む体験も深化して、それはそれは最高の人生だろなァと思います。
筆者は変換プロセッサを持っている!とはたぶん言えないですが、卒論で同じ本を何十回も読んだときは確かに、筆者の思考が少し解析できていた、と思います。
それは、文章を縦横に結び付ける網目がわかり、たった1つの何気ないフレーズにも、あふれんばかりの意味が詰まっているのが見えるという、ちょっと神秘的な体験でした。
あの体験、もう一度してみたいなあ。がんばりたい。
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「わからない」は「おもしろい」
町田先生の作品の、ものごとが現実からはみ出してゆく感じ、白昼夢を見ているような感じ(『人間小唄』『ホサナ』『どつぼ超然』シリーズ 『パンク侍』etc)、ありますよね。
何が何だか分からないけれど世界の秘密に触れてしまったような、あの驚きとうっとりが混ざったようなムチャクチャな気分!!それを求めて町田康にのめりこむ人は筆者だけではないはずです。
町田先生はこの気分を一言で表されました。「わからないは、おもしろい」。
そして『俺の文章修行』では、なぜ町田先生が「わからないは、おもしろい」に気が付いたのかを、幼い頃に『ちからたろう』を読まれた体験から語ってくれています。
ここは、自分語りを殆どされない町田先生の幼少期の話を聞くことができる、非常に貴重な章である(町田先生ふぁんにはたまらない、げへへ)と同時に、町田先生の面白味の設計図を見てしまった…!というドキドキ感が味わえる章です。
さて、どうして町田先生の作品が面白いのか。それは「わからないは、おもしろい」を心の底から愛し、極めた町田先生が描く「わからない」だからです。そりゃ面白いはずだッ!!
町田康ファンはここんとこ、必読でございます!
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おわりに
『俺の文章修行』の感想前編、お読みいただきありがとうございました!
最初に筆者は「人生を鼓舞されているような気持になる」と書きましたが、そのテンションでブログを書きたくなって書きました。楽しかったです。
町田先生は、1つの作品を100回読め、とおっしゃっていましたが、この本こそ100回読むべき本かもしれませんね。
みんなで変換プロセッサを手に入れよう!
ありがとうございました。後編にもこうご期待!